そして、現在のお好み焼きスタイルへ

[お好み焼きについて, 歴史・文化][2009/01/08]

大阪では戦前から屋台のお好み焼きがよく見られ、“洋食焼き”が庶民の食べ物に。当時は、1枚1銭で売られていため、“一銭洋食”とも呼ばれ、以来、大阪のメリケン粉文化は途絶えることなく、庶民の味として根づいてきたのです。戦後、肉は貴重品だったので、キャベツなどの野菜、イカなどの海産物を混ぜて焼くことが多くなり、今のお好み焼きのスタイルに近づいてきたようです。呼び名も、“洋食焼き”や“一銭焼き”から、好みの材料をのせて焼くという意味の“お好み焼き”へと変わり、女性や子供のおやつというイメージから、より大衆向けの味へと進化。そして、食料難の時代が終わり、飽食の時代といわれる現在にいたるまで、お好み焼きは大阪を代表する味として、多くの人たちから愛されているのです。

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